VOL. 18

田部井 直樹さん&めぐみさん&二人のお嬢さん

地区:中区

 千葉県出身の直樹さんと、「大阪市内から一生出ることはないと思っていた」とおっしゃるめぐみさんご夫妻。5歳と3歳のかわいいお子さんたちはご夫妻の天使。「あなたたちがあまりに大事だから」──、その思いが手繰り寄せたのは「多可町への移住」でした。
子どもたちの人生のためにと探して探してたどり着いた「森のようちえん こころね」と多可町での暮らしは、お子さんだけでなくご一家を丸ごと幸せに豊かに包み込んでいるようです。
(R2.7.9)

直樹さん(会社員)
めぐみさん

森のようちえん こころね 【森の園長先生】かなちゃんねる ※めぐみさんがお手伝いされています。

https://m.youtube.com/channel/UCxJx_HB1btSLwVFuvZhv_gA

  • やんちゃとまじめ、夫婦の子ども時代は対照的。でも二人それぞれに…?

    直樹さん:僕は千葉県で生まれ育ちました。千葉と言っても実家はかなり田舎な地域にあって、周りは田んぼや畑ばかり、そういうところです。
    子どもの頃はとにかくやんちゃでした。それはもう悪ガキ(笑)。友達を集めて家の前にある小山というか林みたいなところで秘密基地を作ってよく遊んでいましたね。
    ガケみたいなところを崩して泥ダンゴを作ったり、虫をとったり、テレビゲームよりも外遊びが大好きで近所でもガキ大将として知られていました。それが小2くらいまで続きました。
    小3からはいい子になったんです。きっかけはなんだろうなぁ。それまで先生は男性だったのが女性になって、「キミは悪ガキだって聞いているよ」的な一言を言われて、自我が芽生えたというか、反省をしたんです。少年なりに自分と世間のズレを感じたんでしょうね。

    中学高校時代は応援団をやったり部活のキャプテンをしたりして、自分で言うのもなんですが、クラスの人気者的立ち位置にいました。勉強はできませんでした。

    高校のときに将来何になりたいかを考えたんですが、母が介護系の仕事しているのもあって、「人の役に立つことをしよう」との思いは根底に持っていました。ちょうど薬学部のある大学が新設されたのでそこで学ぶことにしました。

    めぐみさん:私は大阪で生まれて大阪育ち。ずっと都会で暮らしてきました。
    私の子ども時代は夫とは対照的でおとなしい子でした。お母さんの言うことは絶対だと信じていて、言われたことに素直に従うまじめな子でした。
    「勉強しなさい」「勉強しなさい」の毎日で、ちゃんと勉強をして、習い事も小さい頃からいくつもしてきました。ピアノ、ピアノ以外の音楽教室、水泳、そして塾通いも。
    子どもの頃の将来の夢は算数の先生になることでした。

    中学では吹奏楽部に入ってフルートを吹いていました。楽しかったですね。
    高校は女子校で部活は何もしていません。というのも、中学のときに吹奏楽の発表会と塾のテストの日が重なって、母に「塾に行きなさい」と言われてガッカリしたことがあったから。部活を頑張っていてもこんなことになるならつらいなって。

    大学は私も薬学部のある新設の大学に行きました。ただ、薬剤師になろうとは入学当初は思っていませんでした。テレビドラマの「科捜研の女」が大好きで、科捜研(科学捜査研究所)に入るためには学部がいくつか決まっていて、その中の一つが薬学部なんです。いつか主婦になってパートに出るとき、「薬剤師」の資格を持っていれば有利だろうとも考えました。
    大学を出て、社会人になる──。そのとき初めて『お母さんの言う通りにするんじゃなくて、これからは自分の思いで生きていきたい!』と思いました。私の自我の芽生えです。


  • 「お笑いの聖地・大阪」で出会う

    直樹さん:大学卒業後は大手の企業に入りました。22歳で千葉を出て東京住まいに。1カ月ほどで石川県へ転勤。そこを経て、次は大阪への転勤辞令が出ました。大阪を拠点としながら、兵庫や京都にも応援に行くといった仕事形態です。大阪には7年間いました。その間に妻と出会っています。同じ会社なんです。

    僕、お笑いが大好きで、だから関西への憧れは強くて、大阪転勤はうれしかったですね。なんばグランド花月にも何度か足を運んだりして大阪を満喫していました。
    一般の人も普通に「なんでやねん!」ってツッコむでしょ。それが楽しくって。自分にも言われるとうれしくって。ええ、奥さんからも言われました。「なんでやねん!」って。ほんとそのたびに喜びを感じます(笑)。

    めぐみさん:えー、そうやったんや(笑)
    二人が出会ったのは2011年です。「カッコイイ人がいるよ」って社内で噂になっていて、その人に会うのが楽しみでワクワクして、実際会ったら前評判通り素敵で…。はい、それが夫です。

    直樹さん:(大いに照れながら)ほんとにね、ありがたいことに好きになってもらったんですよ。食事に誘われて、居酒屋さんに行って、張り切っていっぱい頼んだんだけど全然食べない子でびっくりして。

    めぐみさん:今はめっちゃ食べます(笑)。そのときは会話が弾みすぎたのと、胸がいっぱいで食べられなかったから…。

    直樹さん:付き合いは順調に進みましたね。彼女のいいところはまずシンプルにすごく可愛らしい。当時は髪が茶色くて今よりカラフルでアイドルみたいでした。素直だし、何よりも、僕の話によく笑ってくれた。それがうれしいんです。

    結婚したのは2013年。ハワイで二人だけで挙式しました。
    二人の最初の家は小さな賃貸マンション。結婚してすぐに子どもができました。
    いずれ住みたいと思い描いたのは一軒家です。というのも妻はずっと集合住宅暮らしだったから一軒家への憧れが強かったんです。

    あるとき近くに一戸建て新築住宅が40棟できるとなって、ちょうどそこに居合わせているんだしと、見に行くことにしました。

    めぐみさん:内覧してすぐに気に入りました。私はここに住むんだ!って強く思ったのを覚えています。


  • 都会の子育てに違和感。本物の自然に触れさせたい

    直樹さん:一生住むと思ってそこを買ったんだけれど、次女もでき、子育てをしているうちに価値観が変化したというか、心境が変わっていたんですよね、彼女の。

    もともと妻には、子どもたちには自然のある所で遊ばせたり教育を受けさせたいという熱意が結構あって、自宅からやや離れた緑の多い大きな公園で遊ぶ機会を多く持っていました。でも、そこで遊んでいると、“都会の風景の中の自然”よりももっともっと豊かな本物の自然の中で遊ばせたくなっていったんです。

    めぐみさん:私、子どもの頃はずっと勉強勉強の毎日で、勉強をしていた自分の姿しか覚えていない気がします。それとはまったく対照的に外遊びばかりしていた子ども時代を送っていた夫の話はまさにカルチャーショックで、思い出話を聞くたびに、そんな楽しいことってあるんだ! 娘たちがそんなふうに毎日外で遊びながら笑って笑って過ごせたらどんなに素敵だろうと思いました。
    自分の子を自分と同じように育てたくないと思うようになったんです。

    直樹さん:僕は千葉の田舎に暮らしていたときはじいちゃんっ子でね。友達とやんちゃに遊んでいた記憶以外にもじいちゃんに遊んでもらった思い出をたくさん持っています。竹藪に入って竹を切って、じいちゃんに竹とんぼを作ってもらった。柿の木や栗の木の実を採るのはもちろん、のこぎりで枝まで切ってじいちゃんを苦笑いさせた。じいちゃんの畑でネギの皮むきを手伝った。じいちゃんは、丹精込めて育てた小豆を七輪で炊いてぜんざいを作ってくれた。その味が忘れられないとか、味で言えばじいちゃんのぬか漬けは最高だとか、子ども時代のことを妻にはたくさんたくさん話してきました。

    めぐみさん:自然の中で遊んで楽しいと感じることが経験になって、子ども自身の成長につながるんだとわかって、だったら本物の豊かな自然の中で子育てするにはどうしたらいいんだろうと真剣に考えて、でもはじめはわからなくて、調べて調べてようやくたどり着いたのが「森のようちえん」の存在です。多可町で活動しているとわかりました。
    絶対ここに通わせたい! だからどうしても移住したいって言い出したんです。


  • 「森のようちえん」目指して、いざ移住! でもその前に…

    直樹さん:小さい頃の記憶ってものすごくって、体験したことを感覚として覚えています。僕も自分の子ども時代と比べて都会での子育てには違和感があったし、子どもたちには子どもの間にしか体験できない時間を過ごしてほしいし、奥さんの「移住」の考えに賛同しました。

    ただ、ただですよ。大阪で家を買ってしまっていたんで、それがネックだなと。家が売れない限りは移動できないと思いつつも、もうほとんど無謀。移住の目標を掲げたらイケイケドンドンで計画を進めました。子どもの成長は止まることがありませんから。

    売りに出して1カ月で運よく家が売れて、僕の新しい就職先も決まりました。そうして令和元年の8月に大阪を出ました。一旦引っ越した先は、実は「西脇市」なんです。
    というのも妻はまだそのときは車の免許を持っていなかったから。

    多可町の定住コンシェルジュの方から「多可町は車がないと生活できない」と聞いていたので多可町に住むのは無理かなと。買い物など、妻が電動自転車1台で動けるところとなると西脇になったんです。あと、「多可町には雪が降る」とも聞いて、雪の経験がない僕たちとしては「ビビっての西脇」となり、賃貸の空き家で西脇生活を始めました。

    めぐみさん:でもやっぱり多可町に住みたい。去年の8月に西脇に来て、10月に「森のようちえん」で体験会があると知って、そこに参加したいけれど車に乗れないと行けない。それなら免許を取るしかない!と覚悟を決めたんです。
    大阪の実家に子ども二人と居候させてもらい、3週間の短期間で免許を取りました。がんばってよかったと今は本当に思います。
    森のようちえんの体験会に行ったら、私たちのことが知られていて「待ってたよ」と歓迎されて、すごく感激しました。

  • 多可町が好き。自然が見せる美しさが好き

    直樹さん:西脇に住んでいた頃から家族でよく出かけたのは多可町でした。

    めぐみさん:多可町は私が憧れていた「THE 田舎」の風景があちこちにあって本当にきれい。子どもたちも休みの日になると自分たちから「多可町に連れてって」と言い出すようになりました。

    直樹さん:余暇村公園、ラベンダーパーク、青玉神社、杉原川、岩座神…、いろいろ行ったよね。ラベンダーパークでは世界を飛び回る渡りのチョウ「アサギマダラ」も見ました。ラベンダーパークの花に飛来してくるんですってね。あと、湧き水のところに梅花藻を見に行ったりも。「多可町で景色のきれいなところ」を調べたり、職場の人に教えてもらったりして出かけていました。そういうところに今、住んでいるんですよね。念願の多可町への移住は今年(令和2年)2月です。

    家選びでも僕たちは“景色を探して”いたんだと思います。
    移住者が多いのは加美区だと聞いていたので最初は加美区で家を探しましたがちょうどいい物件には出合えませんでした。
    今の家は一度迷って、二度目に見に行ったら、ここって家の前が開けているし、景色いいじゃないって気づいて、不動産屋さんとも前回とは違った好条件の交渉ができたし、森のようちえんにも通いやすいし、といっても森のようちえんは所在地が決まっているわけではないんだけど、僕の職場も車ですぐだしと、「ここがいい」にどんどんつながっていきました。古民家に住みたいという奥さんの希望にも合致しましたし、ちょっとした畑がついているのもよかったです。今は賃貸契約です。

    めぐみさん:私はこの家から見る景色が大好き。朝、窓を開けたら、見える山には雲がたなびいて、まるで竹田城の雲海みたいに本当に素敵なんです。

    直樹さん:目の前には田んぼや畑が広がっていて、見上げれば広くて青い空がある。都会の空は高い建物や電柱に邪魔されてこんなにはきれいに見えないから、この大きな空には魅了されます。星の美しさもすごいです。
    子どもたちも今のおうちが大好きで、中も外も走り回っています。大阪ではそんなことはできなかったですね。


  • 小さな単位の村だから

    直樹さん:僕は転勤族でしたから、色々な地域に移るたびにそこで「どうなじんでいくか」ということを考えてきました。
    多可町に来て、よそでは感じなかった人のよさを感じています。暮らしている集落では、移住者を受け入れるのが30年ぶりなんだそうですが、よそ者に対してとても好意的です。
    みんながこちらの名前を覚えてくれて、「田部井さんだよね?」って顔と顔がつながっていく感じです。なじみ方を模索するまでもなく。

    何か困ったことがあれば一緒になって悩んでくれます。たとえばうちの畑ってはじめは笹だらけで手がつけられませんでしたが「畑が使えないならうちの畝を使っていいよ」と貸してくださった方、「笹の畑に重機入れたるわ」と言って耕してくださった方もいて、人の温かさは驚くほどです。

    ここでは家と家が適度に離れているから、常に密に話すというわけでもなく、何かあればのぞいてくださるという感じ。その“距離感”もいいですね。
    とはいえ無理をしてしまうところも実はあります。草刈りや宮掃除が頻繁にあるのでどこまで参加すべきなのかがまだつかめなくて…。仕事の休みが日曜日だけなので、「森のようちえん」の行事と重なるとどうしようって悩みますね。様子を探っている最中です。

  • 移住して「生きている実感」をかみしめている

    めぐみさん:多可町に来て、念願の森のようちえんに通わせることができて、子どもたちが毎日をとても楽しんでいる様子を見せてくれているのがうれしいです。

    私自身は初めての田舎暮らしを楽しんでいます。大人になっても「初めて」のことを楽しめるっていいですね。

    これからここでしていきたいのは、「森のようちえん」をもっともっと多くの人に知ってもらうためのお手伝いをすること。私の場合、ここにたどり着くまでには必死になって調べて調べてやっと、という感じでした。今、かなちゃん(園長先生)がYouTubeで「森のようちえん」の情報を発信していて、それを手伝っていますが、さらに自分でできることを考えて、都会に住んでいる人にももっと簡単に知ってもらえるようがんばります。

    直樹さん:僕も妻同様「初めて」を楽しんでいることがあって、それは今年から始めた「畑」です。自然の中に種を植えて野菜やお花を育てるっていいですね。プランターで育てるのとはワケが違う。自然とともに人も植物も生きている、成長していく、それを実感しています。

    なにより僕が多可町に来て感じるのは、大阪で暮らしていたときよりも子どもたちの成長がちゃんとわかる気がするということです。まだ下の子は3歳ですが、3歳でこんなに言葉をしゃべれるんだと気づくとか、遊び方に力強さを感じるとか、小さな変化にも気づけるようになりました。

    子どもの頃に自分がした遊びを今、自分の子どもたちにしてあげられることもすごくうれしいですね。今この子たちがやっていることは大人になったときに「宝物」になると思うから。

    めぐみさん:子どもが生まれるまでまさか大阪を出るとは思ってもいなかったのに、今、こうして多可町に住んで、まるで違う環境を楽しんでいます。この子たちが生まれて来てくれたからこそここに来ることができたんだと思っています。

    取材協力:chattanaの森
    https://www.facebook.com/chattananomori/