VOL. 1

月江 成人さん&月江 潮さん

地区:加美区箸荷

2007年4月に淡路島から多可町の箸荷に移住して来られた月江さんご一家。ご夫婦ともにガーデンデザインや施工に関わるお仕事をされています。
ご主人の成人さんは、大学卒業後欧米の植物園での研修を終えて帰国し、現在、株式会社プランタスの代表を務めておられるホルティカルチャリスト。分かりやすく言えば、植物の栽培、お庭の植栽デザインや造園、ガーデンツアーの案内役なども行う園芸の専門家です。
奥さまの潮さんはガーデンデザインと共に、園芸関係の書籍にイラストを提供するイラストレーターとしても活躍されています。
お子さま2人と潮さんのお母さま。そして犬が一匹。そんな月江さんご一家の多可町での暮らしをお聞きしてみました。(H28.10.20)

月江 成人さん(株式会社プランタス代表/ホルティカルチャリスト)
月江 潮さん(ガーデンデザイナー/イラストレーター)

株式会社 プランタス

http://plantas.jp

  • ガーデンデザインの魅力

    成人さん:実家は、淡路島で園芸店を営んでいたので、子どものころから植物が身近にある環境でした。また、長男だったということもあって、「いつかは店を継がないといけないのかな…」とずっと感じ続けていて、大学も親に言われるままに進学しました。最初はあまり勉強もせずに不真面目な学生だったんですが、専門課程に入り植物のことを深く学ぶようになってから、植物との関わりがたいへんおもしろいと思うようになりました。
     当時は、バブルの絶頂期で、バイオテクノロジーのブームも興って就職も引く手あまただったのですが、当時の教授の勧めもあってイギリスの植物園の研修制度に参加しました。今でこそ、イングリッシュガーデンとい言えばお花好きの方ならピンときますが、当時は「えっ、それ何?」という感じでした。渡英して美しく管理された庭園を初めて見て、「植物でこんなことができるなんて!」と衝撃を受け、それから庭づくりの分野に強く惹かれるようになりました。
     帰国後、兵庫県篠山市にあった植物公園で3年ほど働きましたが、若いうちに海外でもう少し園芸に関する見聞を広げたいと思いアメリカに渡ることにしました。植物園の研修制度に申し込むにあたり一年時間が空くこともあり、かねてから興味のあった南米チリの植物の自生地を見るために、単身チリに渡りました。チリ人家庭でホームステイをしながら、植物を探すためにアンデスの山々を歩いていました。その後アメリカに渡り、東海岸にある植物園で研修していましたが、そのときに1995年の阪神・淡路大震災が起こりました。


  • 淡路島での暮らし~多可町との出会い

    成人さん:震災で実家が被災しましたので、同年の暮れに帰国して4年ぐらい家業を手伝っていましたが、1999年からは「プランタス」という屋号で独立して仕事をするようになりました。ちょうど2000年に淡路島で花博が開催されることになり、国際庭園コーディネートや夢舞台温室の技術指導を行う業務に従事していました。

    潮さん:ちょうどその頃、私は淡路島の景観園芸学校に通いながら花博の温室でアルバイトをしていて、そこで主人に出会いました。今はガーデンデザインのほか、イラストを 担当したり、お客さんとのコミュニケーション係やちょっと苦手な経理の数字的なところを担当していて、二人で一緒に仕事をしています。
     結婚したころはのどかな淡路島にいながらマンション暮らしで、車通りの多い場所でしたし、子どもを育てるには理想的とは言えない環境でした。のびのびした環境で子どもを育てたかったこともあり、また自分たちの理想の庭を持つためにも、ある程度の広さの土地と年月とともに味わいを増す古民家のような物件を探していました。仕事柄、水をたくさん使うので、井戸があるなど水が豊かなところが良いなと思っていましたが、淡路ではなかなか自分たちが望むような条件の場所には出会えませんでした。インターネットを通じて条件に見合う場所を探してだんだん北上して、その時は名前も聞いたことのなかった加美町(現:加美区)に出会いました。


  • 多可町・箸荷での生活

    成人さん:箸荷での暮らしは、居心地が良くてとても気に入っています。妻も子どものころから海外を含め引っ越すことに慣れていたため、馴染みのない土地で暮らすということには抵抗はありませんでした。田舎暮らしを始めるにあたって、越してきたからには地域にどっぷり入って田舎暮らしを楽しもうと思っていました。当然、最初はわからないことばかりで、ちょっとしたことでも近所の人に聞いたりしながら徐々に慣れてきた感じです。
     村の暮らしは想像していた以上に行事が多くて、秋には、むら芝居や運動会が行われたりします。運動会では、最初に隣保毎に入場行進までするんですよ。箸荷に来るまでは、集落で行われる運動会はもちろん、むら芝居なども経験したことがなかったので、とても新鮮に映りました。
     また、世代毎に親睦会があって定期的に会合(飲み会!)があったり、畔の草刈りの後などは、世代を超えて慰労会があったりして楽しいです。もちろん神社の御当など責任のある当番なども回ってきますが、みなさんに助けていただきながら、楽しみながら関わらせてもらっています。

    潮さん:最初の頃は、村の町内放送でご近所の訃報などが伝えられてもどうして良いのか分からなかったのでお隣に走ってあれこれ聞いたりしていましたが、皆さんとても親切に教えてくださったので、地域の行事に参加したり、役を受けたりする中では至らないこともあれこれ大目に見ていただいて、何とかやってこられました。

    成人さん:箸荷には、100年以上続いている百手(ももて)祭りというお祭りがあるのですが、皆で団子を作って準備をしたり、当日の弓を射る行事を見学したりさせてもらうと、人との関わりや歴史の深さを感じることができて、地域の皆さんがとても豊かな生活をされているということを実感します。
     もし、これから田舎暮らしをしたいという方に何かアドバイスがあるとすれば、これまでの都心部での暮らしをそのまま移住先に持って来るのではなく、地域の風習や文化に合わせて生活をする方が自分たちも豊かになれるし、逆にストレスもかからないのではないかと思っています。

    潮さん:田舎と一口に言っても地域によって個性があって、その中でも多可町で出会った方々は穏やかでおおらかな方が多いように思います。空間も自然の恵みも豊かだから、そうなのかもしれません。ともすると消費活動が主となりがちの都会の暮らしとは違い、暮らしの様々な場面で地域の方とのつながりがあり、忙しいけど、とても人間らしい暮らしができる場所だと感じています。


  • 場所に縛られない仕事のスタイル

    成人さん:メインの仕事は、基本的にはガーデンデザインと施工です。それ以外に、執筆と講演などが不定期に入ります。また、最近は日本の植物を見に来る海外からのお客様を案内したり、逆に日本から世界の花の自生地を巡るツアーの講師として出かけることも多くなりました。仕事の依頼があればどこでも行きますし、行ったら何日も帰って来ないこともしばしばです。基本、箸荷をベースにしていますが、仕事の場所に縛られるということは特にないです。
     こちらに引っ越してきてからは、物珍しさもあるのかもしれませんが、我が家には、国内外問わず様々な世代のお客さんが来てくれます。穏やかなここの雰囲気の中にいると、皆さん「ちょっと昼寝をしても良いかな~」と言ってリラックスして、ゴロっと畳の上で横たわったりします。
     海外の植物園から植物の採種調査に来たときは、集めた果実から種を取り出すために5人ほど1週間泊まりに来たこともありました。近所の方は、大の大人が何人もザルを覗き込んで、いったい何をしているんだろう!?って不思議に思ったかもしれませんね。


  • 自分の未来を創り上げる柔軟性

    成人さん:都心部から離れる不安というのは、分からないでもないです。移住に際しては、私自身、仕事の内容を大幅に変える必要がありましたし、多可町という場所も想定以上に遠いイメージがありました。でも実際に来てみると、来たら来たで何とかなるように思います。
     もちろん、若い人にとっては都会の方が刺激があっておもしろいと思うかもしれません。一度都会に出るのも悪いことではないと思います。でも、そこでいろんな生き方の価値観があるということを知ってもらいたいと思っています。ずっと同じ場所にいると視野が狭くなってしまうこともあるかもしれません。出ることによって、田舎には田舎の良さがあることが分かるし、将来自分で生き方を選べることになるようになるのではないかと思います。
     小さいときから家と学校、家と塾を往復して猛勉強して良い大学を目指すというのも一つの生き方でしょう。でも、時にそのような教育環境にいる子どもたちを少し気の毒に思ってしまうことがあります。大事な人間形成の時期に、人とあまり接することなく成長してしまうことで、人づきあいが下手になってしまわないかと、余計なおせっかいですが、心配してしまうことがあります。田舎にいると、親や同級生以外のいろんな人たちに接する機会が多く、世代が違う人たちに揉まれながら様々な経験をして成長する子どもたちは、私にとってはたいへん貴重な体験をしているように映ります。  海外では同じ仕事をずっと一生続けるという考え方はあまり無くて、次々と新しいことに挑戦をして、どんどんスキルアップしていきます。自分次第で自分の未来はどうにでもなるという柔軟性を、子どもたちにも身につけてほしいと思っています。

    潮さん:都会の学校給食では、有機栽培だったり 無農薬の良い野菜を使っているというのがステイタスになっていたりするので、数字だけを見ると 都会の子どもたちの方がそういった食材に接する機会が多いように見えますが、多可町の子どもたちは日常的に地域で採れた畑の野菜を毎日食べたり、水や空気のきれいなところで生活をしているので、断然健康には良いように思います。家の人が農作業をしたり収穫するのを見たり手伝ったりして食べ物の旬を知ったり、季節を感じたり、ともすれば子どもの暮らしも家と学校と習い事ばかりで単調になりがちな現代ですが、ここでは地域のつながりもあり、子どものくらしにも多様な刺激があってよいなぁと感じています。


  • 何もない豊かさ

    成人さん:日本に住んでいると、田舎で生活をすることの価値が見えにくいように感じるのですが、海外では裕福な人ほど生活そのものの時間を重視していて、郊外でゆっくり家族との時間を過ごそうとしているように思いました。また、経済的には日本より豊かではない国でも、精神的にはずっと豊かな生活をしている国がたくさんあったりします。誰も好んではいないでしょうが、満員電車に揺られ通勤で多くの時間を過ごすのは、随分人生を損しているのではないかなと思います。

    潮さん:村の人とはほとんどの方と顔見知りで、特に親しい方でなくても出会えば挨拶するじゃないですか。家と家は広くて離れているけど、人間関係はとても近い。都会だと満員電車で全然知らない人と密着しないといけなかったり、マンションの隣の部屋の人が何をしている人か知らないということもよくあります。人付き合いが煩わしくない都会の暮らしを好む方もあるけれど、私には今の温かみのあるコミュニティの方が心地よいですね。

    成人さん:多可町はポスターに「ちょっとベンリな田舎。多可町です。」というキャッチコピーがありましたよね。多可町はこんなに自然豊かなところだけれども、車で2時間もあれば都会にも出ていくことができます。ホントにその通りだなと思って、とても素敵なコピーだと思いました。田舎だから「何もない」って感じるかもしれませんが、何もないのがいいんです。何もないと言っても、ずっと守り通してきた伝統や歴史など、そういったものを誇りに思いながら皆さんが生活しておられるのが伝わってきます。今のままの良さっていうのを、皆が知っているっていうことではないかと思っています。